さて、これまで駐在中の出来事をつらつらと綴ってきましたが、書き残したかった
トピックはだいたい書いた感じです。
その当時のデュッセルドルフをはじめとしたドイツ、ヨーロッパの様子が多少なりとも
伝わっていたなら幸いです。
いよいよ本格的に帰国準備ということで電話やインターネットプロバイダなどの
解約や銀行口座の処理。運送会社の手配依頼などやりながら荷物の梱包。
急がないものは船便、すぐ使いたいものは航空便にとわけたりしながら持ち物の
整理も出来ました。
6年近く住んでいたので物も結構増えていましたので捨てるかどうか迷うものも
結構ありましたね。 で、不要なものはすべて例の地下のゴミ箱へですね。

帰国準備を進める中で送別会を開いてもらいました。
日本人駐在者による送別会では任期を無事全うした証であるネーム入りの
モンブランのボールペンをもらい感激しました。 一応よく頑張りましたから。
1次会の後はほとんどメンバーが変わってしまっていましたが、例のカラオケ
ラウンジにいきました。

私の所属部署の送別会は現地人の希望もあり、やはりデュッセルドルフの日本食
レストランで開いてもらいました。
やはり約6年間一緒にやってきた仲間と離れるのはさみしい気持ちにはなりましたが
またお互いに出張で会う事もあると思ってましたが。実際にそういう機会は何度か
ありました。

さて、なんだかんだであっという間に帰国の日となりました。
長かったと言えば長かったけどあっという間でもあったと思いました。
帰国前日にアパートの明け渡しをし、ホテルニッコーで前泊。
最後の夜は私の後任と食事をしながら最後の引継ぎをしました。

当日は恒例通り残ってる駐在者に見送られシャトルバスに乗り込み最後のお別れです。
柱の陰でひっそりと見送ってくれた人がいたかはどうでしょう。
見慣れたデュッセルの街を走り、走りなれたアウトバーン3号線を南下して
フランクフルトへ。
フランクフルト空港で最後と思われるうどんを食べてお土産を買ってボーディング。
あっという間に日本上空。

夕方5時ごろには自宅に着くでしょう。
この約6年間のドイツでの駐在生活を振り返れば、最初はいやでいやで半ば脅されて
しぶしぶ渡ったドイツですが、狭い日本のさらに地方で暮らしていた私がまったく
異なった文化や風習の中で仕事をしたり生活をし、また多くの出会いや様々な経験を
する機会を得たことは私の会社生活、いや人生における大事な宝物として永遠に記憶の
なかに刻まれる事と思います。
このような機会を与えてくれた会社及び長年の上司渡辺さんには感謝の念に堪え
ません。
駐在記としてはここで終わりですが関連事項を少し。
帰国後しばらくして例のなまいきなH子ちゃんが帰国祝いに静岡まで遊びに来て
くれたので次回その話を締めとして最終話としたいと思います。